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資料館② 孫子の兵法編

「孫子の兵法」名言集
「孫子」は、今から2500年前の中国の春秋時代の兵法家「孫武」の著と言われている実戦的な兵法で愛読者の多い兵法書です。13巻の竹に書かれた書簡です。
日本でも有名な武田信玄の「風林火山」の言葉は「孫子」の中にある言葉です。
孫子軍争篇の「故ニソノ速キコト風ノゴトク、ソノ静カナルコト林ノゴトク、侵略スルコト火のゴトク、動カザルコト山のノゴトク、、、」の一節です。
極真空手にあっても、参考になること多々ありです。    
「孫子」兵法書全13巻
  1. 計篇〈勝算はどちらにあるか〉
    〈無謀な戦争をしてはならない〉
     軍事は国家の命運を決する重大事である。だから軍の死生を分ける戦場や、国家の存亡を分ける進路の選択は、くれぐれも明察しなければならない。
     そこで、死生の地や存亡の道を考えるために五つの基本事項を用い、さらにどこが死生の地でどれが存亡の道かを明らかにするため、彼我の優劣を比較・計量する基準を使って、双方の実状を探る。
     基本事項(五事)は、(一)道、(二)天、(三)地、(四)将、(五)法。
    (一)道
     民衆の意思を君主に同化させる、内政の正しさ。
     ふだんからこれが実行されているからこそ、戦争になっても、民衆に統治者と死生を共にさせることができ、民衆は政府の命令に疑いを持たない。
    (二)天
     陰陽、気温の寒暖、四季の推移のさだめや、天に対する順逆二通りの方法、および天への順応がもたらす勝利など。
    三)地
      地形の高低、国土や戦場の広い狭い、距離の遠近、地形の険しさと平坦さ、軍を敗死させる地勢と生存させる地勢など。
    (四)将
     物事を明察できる智力、部下の信頼、部下を思いやる仁慈の心、困難にくじけない勇気、軍隊を維持する厳格さなど、将軍が備える能力。
    (五)法
     軍隊の部署割りを定めた軍法、軍を監督する官吏の職権を定めた軍法、君主が将軍とかわした軍の指揮権についての軍法など。
     およそこれら五つの事項は、いやしくも将軍である以上、だれでも聞き知ってはいるが、その重要性を思い知っている者は勝ち、単にうわべの知識として知っているだけの者は勝てない。
     そこで、彼我の死生の地や存亡の道をはっきりさせるため、優劣を具体的に比較・計量する基準(七計)を用いて、実際に両者の実状を探究してみるのである。
     その内訳は、
    1. 君主はどちらが民心を掌握できる賢明さを備えているか
    2. 将軍の能力はどちらが優れているか
    3. 天地がもたらす利点はどちらにあるか
    4. 軍法や命令はどちらが徹底しているか
    5. 兵力数はどちらが強大か
    6. 兵士はどちらが軍事訓練に習熟しているか
    7. 賞罰はどちらが明確に実行されているか
    といったことである。わたしはこうした比較・計量によって、開戦前からすでに勝敗の行方を察知する。
     将軍がわたしのはかりごとに従う場合は、彼を用いたならきっと勝つであろうから留任させる。将軍がわたしのはかりごとに従わない場合には、彼を用いたならきっと負けるであろうからやめさせる。
     はかりごとの有利なことがわかって従われたならば、そこで勢ということを助けとして出陣後の外謀とする。勢とは、有利な状況を見れば、それにもとづいてその場に適した臨機応変の処置を取ることである。
    〈戦争とは敵をだますことである〉
     戦争とは、敵をだます行為である。
     だから、本当は自軍にある作戦行動が可能であっても、敵に対しては、とてもそうした作戦行動は不可能であるかに見せかける。本当は自軍がある効果的な運用のできる状態にあっても、敵に対しては、そうした効果的運用ができない状態にあるかのように見せかける。
     また、実際は目的地に近づいていながら、敵に対しては、まだ目的地から遠く離れているかのように見せかける。実際は目的地から遠く離れているにも関わらず、敵に対しては、既に目的地に近づいたかのように見せかける。
     こうした、いつも敵にいつわりの状態を示す方法によって、
     敵が利益を欲しがっているときは、その利益を餌に敵軍の戦力を奪い取る。
     敵の戦力が充実しているときは、敵の攻撃に備えて防禦を固める。
     敵の戦力が強大なときは、敵軍との接触を回避する。
     敵が怒り狂っているときは、わざと挑発して敵の態勢をかき乱す。
     敵が謙虚なときはそれを驕りたかぶらせる。
     敵が安楽であるときはそれを疲労させる。
     敵が親しみあっているときはそれを分裂させる。
     敵が自軍の攻撃に備えていない地点を攻撃する。
     敵が自軍の進出を予想していない地域に出撃する。
     これこそが兵家の勝ち方であって、そのときどきの敵情に応じて生み出す、臨機応変の勝利であるから、出征する前から、このようにして勝つと予告はできないのである。
    〈戦う前に勝敗を知る〉
     そもそもまだ会戦もしないうちから廟堂で目算して既に勝つのは、五事・七計を基準に比較・計量して得られた勝算が、相手よりも多いからである。まだ戦端も開かぬうちから廟算して勝たないのは、勝算が相手よりも少ないからである。勝算が多い方は実戦でも勝利するし、勝算が少ない方は、実戦でも敗北する。
     ましてや勝算が一つもないというに至っては、何をかいわんやである。わたしがこうした比較・計算によってこの戦争の行方を観察するに、もはや勝敗は目に見えている。
  2. 作戦篇(用兵とはスピードである)
    〈戦争は莫大な浪費である〉
     およそ軍隊を運用するときの一般原則としては、軽戦車千台、皮革で装甲した重戦車千台、歩兵十万人の編成規模で、四百キロの外地に兵糧を輸送する形態の場合には、民衆と政府の出費、外国使節の接待費、皮革を接着したり塗り固めたりする膠や漆などの工作材料の購入費、戦車や甲冑の供給などの諸経費に、日ごとに千金もの莫大な金額を投じ続け、そうした念入りな準備の後に、ようやく十万の軍が出動できるようになる。
     こうした外征軍が戦闘するとき、対陣中の敵に勝つまで長期持久戦をすることになれば、自軍を疲労させて鋭気を挫く結果になり、また敵の城を攻囲すれば、戦力を消耗し尽くしてしまい、また野戦も攻城もせずにいたずらに行軍や露営を繰り返して、長期に渡り軍を国外に張り付けておけば、国家経済は窮乏する。
     もし、このような戦い方をして、軍が疲労して鋭気が挫かれたり、あるいは戦力が消耗しきったり、財貨を使い果たしたりする状態に陥れば、それまで中立だった諸侯も、その疲弊につけ込もうとして兵をあげる始末となる。いったんこうした窮地に立ってしまえば、いかに知謀の人でも、善後策を立てることはできない。
     だから戦争には、少々まずくとも素早く切り上げるということはあっても、うまくて長引くということはない。そもそも戦争が長期化して国家の利益になったためしはない。
     だから、用兵につきまとう損害を徹底的に知り尽くしていない者には、用兵がもたらす利益を完全に知り尽くすこともできないのである
    〈兵站こそ生命線〉
     巧みに軍を運用する者は、民衆に二度も軍役を課したりせず、食糧を三度も前線に補給したりはしない。戦費は国内で調達するが、食糧は敵に求める。このようにするから、兵糧も十分まかなえるのである。
     国家が軍隊のために貧しくなる原因は、遠征軍に遠くまで補給物資を輸送するからである。遠征軍に遠方まで物資を輸送すれば、その負担に耐えかねて、民衆は生活物資が欠乏して貧しくなり、国境近くに軍隊が出動すれば、近辺の商工業者や農民たちは、大量調達による物不足につけ込んで、物の値段をつり上げて売るようになる。
     物価が高騰すれば、政府は平時よりも高値で軍需物資を買い上げることになり、国家財政は枯渇してしまう。国家の財源が底をつけば、民衆に対する課税も厳しさを増す。
     こうして前線では国力を使い果たし、国内では人民の家財が底をつく状態になれば、民衆の生活費は普段の六割までもが削られる。
     一方、政府の経常支出も、戦車の破損や軍馬の疲労、戟をはじめとする武器や矢や弩、甲冑や楯やおおだて、輸送用に徴発した牛や大車などの損耗補充によって、平時の七割までもが削減される。
     だからこそ遠征軍を率いる智将は、できるだけ適地で食糧を調達するよう努める。輸送コストを考えれば、敵の食糧五十リットルを食らうのは、本国から供給される千リットルにも相当し、牛馬の資料となる豆殻やわら三十キログラムは、本国から供給される六百キログラムにも相当する。
     そこで、敵兵を殺すのは、奮い立った気勢によるのであるが、敵の物資を奪い取るのは利益の為である。
     だから車戦で車十台以上を捕獲したときには、その最初に捕獲した者に賞として与え、敵の旗印を味方のものに取り替えた上、その車は味方のものにたちまじって乗用させ、その兵卒は優遇して養わせる。これが敵に勝って強さを増すということである。
     以上のようなわけで、戦勝は勝利を第一とするが、長引くのはよくない。
     以上のようなわけで、戦争の利害をわきまえた将軍は、人民の生死の運命を握る者であり、国家の安危を決する主宰者である。
  3. 謀攻篇(戦わずして勝つ)
    〈百戦百勝はベストではない〉
     およそ軍事力を用いる原則としては、敵国を保全したまま勝つのが最上の策で、敵国を撃破して勝つのは次善の策である。
     敵の軍団(一万二千五百人)を保全したまま勝つのが最上の策で、敵の軍団を撃破して勝つのは次善の策である。
     敵の旅団(五百人)を保全したまま勝つのが最上の策で、敵の旅団を撃破して勝つのは次善の策である。
     敵の大隊(百人)を保全したまま勝つのが最上の策で、敵の大隊を撃破して勝つのは次善の策である。
     敵の小隊(五人)を保全したまま勝つのが最上の策で、敵の小隊を撃破して勝つのは次善の策である。
     したがって、百度戦闘して百度勝利を収めるのは、最善の方策ではない。戦わずに敵の軍事力を屈服させることこそ、最善の方策なのである。
    〈城攻めは愚の骨頂〉
     だから軍事力の最高の運用法は、敵の策謀を未然に打ち破ることである。
     その次は敵国と友好国との同盟関係を断ち切ることである。
     その次は敵の野戦軍を撃破することである。
     最も劣るのは敵の城を攻撃することである。城を攻めるという方法は、他に手段がなくてやむを得ずに行なう。
     城攻めの原則としては、おおだてや城門へ寄せる装甲車を整備し、攻城用の機会を完備する作業は、三カ月も要してやっと終了し、攻撃陣地を築く土木作業も同様に三カ月かかってようやく完了するのである。
     もし将軍が怒りの感情をこらえきれず、攻撃態勢ができあがるのを待たずに、兵士絶ちにアリのように城壁をよじ登って攻撃するよう命じ、兵員の三分の一を戦死させてもさっぱり城が落ちないのは、これぞ城攻めがもたらす災厄である。
     それゆえ、用兵に巧みな者は、敵の野戦軍を屈服させても、決して戦闘によったのではなく、敵の城を陥落させても、決して攻城戦によったのではなく、敵国を撃破しても、決して長期戦によったのではない。
     必ず敵の国土や戦力を保全したまま勝利するやり方で、天下に国益を争うのであって、そうするからこそ、軍も疲弊せずに、軍事力の運用によって得られる利益を完全なものとできる。
     これこそが、策謀で敵を攻略する原則なのである。
     そこで、戦争の原則としては、味方が十倍であれば敵軍を包囲し、五倍であれば敵軍を攻撃し、倍であれば敵軍を分裂させ、等しければ戦い、少なければ退却し、力が及ばなければ隠れる。だから小勢なのに強気ばかりでいるのは、大部隊の捕虜になるだけである。
     将軍とは国家の助け役である。助け役が主君と親密であれば国家は必ず強くなるが、助け役が主君と隙があるのでは国家は必ず弱くなる。そこで、国君が軍事について心配しなければならないことは三つある。
    1. 軍隊をひきとめる
       軍隊が進んではいけないことを知らないで進めと命令し、軍隊が退却してはいけないことを知らないで退却せよと命令する。
    2. 軍隊の事情も知らないのに軍事行政を将軍と一緒に行なうと、兵士たちは迷うことになる。
    3. 軍隊の臨機応変の処置もわからないのに軍隊の指揮を一緒に行なうと、兵士たちは疑うことになる。
     軍隊が迷って疑うことになれば、外国の諸侯たちが兵を挙げて攻め込んでくる。
    こういうのを「軍隊を乱して勝利を取り去る」というのである。
    〈彼を知り己を知らば〉
     そこで、勝利を予知するのに五つの要点がある。
    1. 戦ってよい場合と戦ってはならない場合とを分別している者は勝つ。
    2. 大兵力と小兵力それぞれの運用法に精通している者は勝つ。
    3. 上下の意思統一に成功している者は勝つ。
    4. 計略を仕組んで、それに気づかずにやってくる敵を待ち受ける者は勝つ。
    5. 将軍が有能で君主が余計な干渉をしない者は勝つ。
     これら五つの要点こそ、勝利を予知するための方法である。
     したがって、軍事においては、相手の実状も知って自己の実情も知っていれば、百たび戦っても危険な状態にならない。
     相手の実情を知らずに自己の実状だけを知っていれば、勝ったり負けたりする。相手の実情も知らず自己の実状も知らなければ、戦うたびに必ず危険に陥る。
  4. 形篇(必勝の形をつくる)
    〈守備は攻撃よりも強力〉
     古代の巧みに戦う者は、まず敵軍が自軍を攻撃しても勝つことのできない態勢を作り上げた上で、敵軍が態勢を崩して、自軍が攻撃すれば勝てる態勢になるのを待ちうけた。
     敵が自軍に勝てない態勢を作り上げるのは己れに属することであるが、自軍が敵軍に勝てる態勢になるかどうかは敵軍に属することである。
     だから巧みな者でも、敵軍が決して自軍に勝てない態勢をつくることはできても、敵に態勢を崩して自軍が攻撃すれば勝てる態勢を取らせることはできない。
     そこで、「敵軍がこうしてくれたら自軍はこうするのに、と勝利を予測することはできても、それを必ず実現することはできない」と言われるのである。
     敵が自軍に勝てない態勢とは守備形式のことであり、自軍が敵に勝てる態勢とは攻撃形式のことである。
     守備形式を取れば戦力の余裕があり、攻撃形式を取れば戦力が不足する。
     古代の巧みに守備する者は、大地の奥底深く潜伏し、好機を見ては天空高く機動した。
     だからこそ、自軍を敵の攻撃から保全しながら、しかも敵の態勢の崩れを素早く衝いて勝利を逃がさなかったのである。
    〈勝利の軍は開戦前に勝利を得ている〉
     勝利を読みとるのに、一般の人々にもわかるようなものがわかる程度では、最高に優れたものではない。戦争して打ち勝って天下の人々が立派だとほめるのでは、最高に優れたものではない。
     だから、細い毛を持ち上げるのでは力持ちといえず、太陽が月が見えるというのでは目が鋭いといえず、雷のひびきが聞こえるというのでは耳が聡いとはいえない。
     昔の戦いに巧みと言われた人は、普通の人では見分けのつかない勝ちやすい機会をとらえてそこで打ち勝ったものである。
     だから、戦いに巧みな人が勝った場合には、知謀優れた名誉もなければ、武勇優れた手柄もない。そこで、彼が戦争をして打ち勝つことは間違いない。間違いないというのは、その勝利を収めるすべては、既に負けている敵に打ち勝つからである。
     それゆえ、戦いに巧みな人は絶対の不敗の立場にあって敵の態勢が崩れて負けるようになった機会を逃さないのである。
     以上のようなわけで、勝利の軍は開戦前にまず勝利を得てそれから戦争しようとするが、敗軍はまず戦争を始めてからあとで勝利を求めるものである。
    〈兵法で大事な5つの項目〉
     戦争の上手な人は、上下の人心を統一させるような政治を立派に行ない(=道)、さらに軍隊編成などの軍政をよく守る(=法)。だから勝敗を自由に決することができるのである。
     兵法で大事なのは、
    1. ものさしではかること⇒度
    2. ますめではかること⇒量
    3. 数えはかること⇒数
    4. くらべはかること⇒称
    5. 勝敗を考えること⇒勝
     戦場の土地について広さや距離を考え(度)、その結果について投入すべき物量を考え(量)その結果について動員すべき兵数を数え(数)、その結果について敵味方の能力をはかり考え(称)、その結果について勝敗を考える(勝)。
     そこで、勝利の軍は充分の勝算を持っているから、重い目方で軽い目方に比べるように優勢であるが、敗軍では軽い目方で重い目方に比べるように劣勢である。
    〈積水を千仭の谷に〉
     彼我の勝敗を計量する者が、人民を戦闘させるにあたり、満々とたたえた水を千仭の谷底へ決壊させるように仕組むのは、それこそが勝利に至る態勢なのである。
  5. 勢篇(全軍の勢いを操る)
    〈分数、形名、奇正、虚実〉
     およそ戦争に際して、大勢の兵士を治めていてもまるで少人数を治めているように整然といくのは、部隊の編成(分数)がそうさせるのである。
     大勢の兵士を戦闘させてもまるで少人数を戦闘させているように整然といくのは、旗や鳴りものなどの指令の設備(形名)がそうさせるのである。
     大軍の大勢の兵士が敵の出方にうまく対応して決して負けることのないようにさせることができるのは、変化に応じて処置する奇法と、定石どおりの正法の使い分け(奇正)がそうさせるのである。
     戦争が行なわれるといつでもまるで石を卵にぶつけるようにたやすく敵を打ちひしぐことのできるのは、充実した軍隊ですきだらけの敵を撃つ虚実の運用(虚実)がそうさせるのである。
    〈奇と正は混沌としている〉
     およそ戦闘というものは、定石どおりの正法で不敗の地に立って敵と会戦し、状況の変化に適応した奇法で打ち勝つのである。
     したがって、うまく奇法をつかう軍隊では、その変化は天地の動きのように窮まりなく、長江や黄河のように尽きることがない。終わっては繰り返して始まる四季のように、暗くなってまた繰り返して明るくなる日月のようである。
     音は宮・商・角・徴・羽の五つにすぎないが、その五音階の混じり有った変化はとても聞き尽くせない。色は青・黄・赤・白・黒の五色に過ぎないが、その五つの混じりあった変化はとても見尽くせない。味は酸・辛・しおから(酉咸)・甘・苦の五つに過ぎないが、その五つの混じりあった変化はとても味わい尽くせない。
     戦闘の勢いは奇法と正法の二つに過ぎないが、その混じりあった変化はとても窮め尽くせるものではない。奇法と正法が互いに生まれでてくるありさまは、丸い輪をぐるぐる回って終点のないようなものである。だれにそれが窮められようか。
    〈勢いのメカニズム〉
     水が激しく流れて石をも漂わせるに至るのが、勢いである。
     猛禽が急降下し、一撃で獲物の骨を打ち砕くに至るのが、節目である。
     だから、巧みに戦うものは、その戦闘突入の勢いは限度いっぱい蓄積されて険しく、その蓄積した力を放出する節目は一瞬の間である。勢いを蓄えるのは弩の弦をいっぱいに張るようなものであり、節目は瞬間的に引き金を引くようなものである。
     混乱は整治から生まれる。憶病は勇敢から生まれる。軟弱は剛強から生まれる。
     乱れるか治まるかは部隊の編成(分数)の問題である。憶病になるか勇敢になるかは、戦いの勢いの問題である。弱くなるか強くなるかは、軍の態勢(形)の問題である。
     そこで、巧みに敵を誘い出すものは、敵にわかるような形を示すと敵はきっとそれについてくるし、敵に何かを与えると敵はきっとそれを取りに来る。利益を見せて誘い出し、裏をかいてそれに当たるのである。
    〈指揮官は兵を選ばない〉
     したがって巧みに戦う者は、戦闘に突入する勢いによって勝利を得ようとし、兵士の個人的勇気には頼らずに、軍隊を運用する。
     そこで巧妙に戦う者は、人々を選抜し適所に配置して、軍全体の勢いに従わせるようにする。 兵士たちを勢いに従わせる者が兵士を戦わせるさまは、まるで木や石を転落させるようである。木や石の性質は、平らなところに安定していれば静止しているが、傾斜した場所では運動し始め、方形であればとどまっているが、円形であれば転がり始める。
     だから兵士たちを巧みに戦闘させる勢いが、丸い石を先仭の山から転落させたようになるよう仕向けるのが、戦闘の勢いというものである。
  6. 虚実篇(無勢で多勢に勝つ方法)
    〈主導権を握る〉
     先に戦場にいて敵軍の到着を待ち受ける軍隊は安楽だが、あとから戦場にたどり着いて、休む間もなく戦闘に駆けつける軍隊は疲労する。したがって巧みに戦う者は、敵軍を思うがままに動かして、決して自分が敵の思うままに動かされたりはしない。
     来てほしい地点に敵軍が自分から進んでやって来るようにさせられるのは、利益を見せびらかすからである。やって来てほしくない地点に敵軍が来られないようにさせられるのは、害悪を見せつけるからである。
     敵が腰を落ち着けて休息をとり、安楽にしていれば、それを引きずり回して疲労させることができ、満腹していればそれを飢えさせることができるのは、敵が必ず駆けつけてくる要地に出撃するからである。
     千里もの長距離を遠征しながら危険な目にあわないのは、敵兵がいない地域を進軍するからである。
     攻撃すれば決まって奪取するのは、そもそも敵が守備していない地点を攻撃するからである。
     守備すれば決まって堅固なのは、そもそも敵が攻撃してこない地点を守るからである。
     このようにするから、攻撃の巧みな者にかかると、敵はどこを守ればよいのか判断できず、首尾の巧みな者にかかると、敵はどこを攻めればよいのか判断できない。微妙、微妙、最高は無形にまで到達する。神業、神業、最高は無音にまで到達する。
     だからこそ、敵の死命を制する主催者となれるのである。
    〈敵をあやつる〉
     自軍が進撃しても、決して敵軍がそれを迎え撃てないのは、その進撃路が敵の兵力配備の隙を衝くからである。
     自軍が退却しても、決して敵軍が阻止できないのは、その退却路が遠すぎて追撃できないからである。
     そこで、自軍が戦いを望めば、敵がどうしても自軍と戦わなければならなくなるのは、敵が絶対に救援に出てくる地点を攻撃するからである。
     自軍が戦いを望まなければ、地面に防衛戦を描いてそこを守っただけで、敵が決して防衛戦を突破して自軍と戦ったりできないのは、敵の進路をあらぬ方向にそらすからである。
    〈兵力を集中せよ〉
     そこで巧みに軍を率いる者は、敵軍には態勢をあらわにさせておきながら、自軍の側は態勢を隠したまま(無形)にするから、自軍は兵力を集中するが、敵軍はすべての可能性に備えようとして兵力を分散する。
     自軍は集中して全兵力が一つの部隊となり、敵軍は分散して十の部隊になれば、それは敵の十倍の兵力で、味方の十分の一の敵を攻撃することを意味する。
     自軍の兵力が全体としては寡少で、敵軍の兵力が全体としては強大であっても、その小兵力で敵の大軍を撃破できるのは、個々の戦闘において合同して戦う自軍の兵力が一つに結集しているからである。
     自軍が全兵力を集結して戦おうとする地点を予知できないから、敵が兵力を配備する地点は多くなる。敵が兵力を配置する地点が増えれば、それぞれの地点で自軍と戦う兵力は手薄になる。全面に備える者は後方が手薄になり、左翼に備える者は右翼が手薄になり、すべての方面に備えようとする者は、あらゆる地点が手薄になる。
     それぞれの地点の兵力が手薄になるのは、相手の出現に備える受け身の立場だからである。常に会戦地点での兵力が優勢になるのは、相手を自軍の出現に備えさせる主体的な立場だからである。
     戦いが起こる地点が事前に判明しているならば、たとえ千里の遠方であっても船長に到着して戦える。戦いが起こる日時も予知できず、戦いが起こる地点も予知できないのでは、前衛は後衛を救援できず、後衛は前衛を救援できず、左翼は右翼を救援できず、右翼は左翼を救援できない。ましてや、遠い場合では数十里、近い場合でも数里先の遊軍に対しては、なおさら間に合わないのだ。
     以上のことから、わたしが呉と越の戦争の行方を予測してみますと、越の総兵力がどれだけ多くても、何ら勝利の助けにはなりますまい。こうしたり優から、勝利は思いのままにできましょうと申し上げたのです。たとえ敵の総兵力がどんなに強大でも、闘えないようにできるのです。
     そこで、戦いの前に敵の虚実を知るためには、敵情を目算してみて、利害損得の見積もりを知り、敵軍を刺激して動かしてみて、その行動の基準を知り、敵軍のはっきりした態勢を把握して、その敗死すべき地勢と破れない地勢とを知り、敵軍と小ぜりあいしてみて、優秀なところと手薄な所を知る。
     そこで、軍の態勢の極致は、態勢を隠したままにすることである。態勢が隠れていれば、深く入り込んだスパイでもかぎつけることができず、知謀すぐれた者でも考え慮ることができない。相手の態勢が読みとれれば、その態勢に乗じて勝利が得られるのであるが、一般の人にはそれを知ることができない。人々はみな、味方の勝利のありさまを知っているが、味方がどのようにして勝利を決定したかというありさまは知らないのである。
     だから、その戦って打ち勝つありさまには二度と繰り返しがなく、相手の形のままに対応して窮まりがないのである。
     そもそも、軍の態勢は水の状態のようなものである。水の流れは高いところを避けて低いところへと走るが、軍の態勢も敵が備えをしている実のところを避けて隙のある虚のところを攻撃する。
     水は地形のままに従って流れを定めるが、軍も敵情のままに従って勝利を決する。だから、軍には決まった勢いというものがなく、水には決まった形というものがない。うまく敵情のままに従って変化して勝利を勝ち取ることのできるのが、計り知れない神業というものである。
  7. 軍争篇(戦場にいかに先着するか)
    〈強行軍は危険な賭け〉
     およそ軍を運用する方法としては、将軍が君主の出撃命令を受けてから、軍を編成し兵士を統率して、敵軍と対陣して静止するまでの過程で、戦場への軍の先着を争う「軍争」ほど困難な作業はない。
     軍争の難しさは、迂回路を直進の近道に変え、憂いごとを利益に転ずる点にある。だから、一見戦場に遠い迂回路を取りながら、敵を利益で誘い出してきて、敵よりあとに出発しながら戦場を手元に引き寄せて敵よりも先に戦場に到着するというのは、迂回路を直進の近道に変える計謀を知るものである。
     軍争はうまくやれば利益となるが、軍争は下手をすると危険をもたらす。もし全軍をあげて戦場に先着する利益を得ようと競争すれば、大軍では機敏に動けず、先に戦場に到着できない。軍全体にかまわずに利益を得ようと競争すれば、輜重部隊は後方に捨て去られてしまう。
     こうしたわけで、重い兜を脱いで背負って走り、昼夜休まずに走行距離を倍にして強行軍を続け、百里かなたで利益を得ようと競争すれば上軍・中軍・下軍の三将軍そろって捕虜にされる。
     強健な兵士は先になり、疲労した兵士は落後して、その結果は十人中一人がたどり着くにすぎない。
     同じ方法で、五十里かなたで利益を得ようと競争すれば、先鋒の上将軍を敗死させ、その比率は半分が到着するにとどまる。
     同じ方法で、三十里かなたで利益を得ようと競争すれば、三分の二だけが到着する。
     このように、軍が輸送部隊を失えば敗亡するし、兵糧を失えば敗亡するし、財貨の蓄えを失えば敗亡するのである。
     そこで、諸侯たちの腹の内がわからないのでは、前もって同盟することはできない。
     山林・険しい地形・沼沢地などの地形がわからないのでは、軍隊を進めることはできない。
     その土地の案内役を使えないのでは、地形の利益を収めることはできない。
    〈変幻自在の進撃〉
     そこで、軍事行動は敵をあざむくことを基本とし、利益にのみ従って行動し、分散と集合の戦法を用いて臨機応変の処置を取るのである。
     だから、疾風のように迅速に進撃し、林のように静まり返って待機し、火が燃え広がるように急激に侵攻し、山のように居座り、暗闇のように実態を隠し、雷鳴のように突然動きだし、偽りの進路を敵に指示するには部隊を分けて進ませ、占領地を拡大するときは要地を分守させ、権謀をめぐらせつつ機動する。
     
    【其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、懸権而動】
     迂回路を直進の近道に変える手を敵に先んじて察知するのは、これこそが軍争の方法なのである。
    〈鳴り物や旗〉
     古い兵法書には「口で言ったのでは聞こえないから、太鼓や鐘の鳴り物を備える。指し示しても見えないから、旗やのぼりを備える」とある。
     そもそも、鳴り物や旗の類というのは、兵士たちの耳目を統一するものである。兵士たちが集中統一されているからには、勇敢な者でも勝手に進むことはできず、臆病な者でも勝手に退くことはできない。
     したがって、乱れに乱れた混戦状態になっても、乱されることがなく、曖昧模糊で前後もわからなくなっても打ち破られることがない。これが大部隊を働かせる方法である。
     だから、夜の戦いには火や太鼓をたくさん使い、昼の戦いには旗やのぼりをたくさん使うのは、兵士たちの耳目を変えさせるためのことである。
    〈敵の軍隊の気力を奪う〉
     こうして敵兵の耳目も欺くことができるのだから、敵の軍隊の気力を奪い取ることができ、敵の将軍の心を奪い取ることもできる。
     そういうわけで、(朝方の気力は鋭く、昼頃の気力は衰え、暮れ方の気力は尽きてしまうものであるから)戦争の上手な人は、その鋭い気力を避け、衰えて休息を求めているところを撃つが、それが敵の軍隊の気力を奪い取って、気力について打ち勝とうとするものである。
     また、治まり、整った状態で、混乱した相手に当たり、冷静な状態でざわめいた相手に当たるが、それが敵の将軍の心を奪い取って、心について打ち勝とうとするものである。
     また、戦場の近くにいて、遠くからやってくるのを待ちうけ、安楽にしていて疲労した相手に当たり、腹いっぱいでいて飢えた相手に当たるが、それは戦力について打ち勝とうとするものである。
     また、よく整備した旗並びには戦いを仕掛けることをせず、堂々と充実した陣立てには攻撃をかけないが、それは敵の変化について打ち勝とうとするものである。
     ゆえに、戦争の原則としては、高い陵にいる敵を攻めてはならず、丘を背にして攻めてくる敵は迎え撃ってはならず、偽りの誘いの退却は追いかけてはならず、鋭い気勢の敵兵には攻めかけてはならず、こちらを釣りにくる餌の兵士には食いついてはならない。
  8. 九変篇(指揮官いかにあるべきか)
    〈臨機応変に対処する〉
     およそ軍隊を運用する方法としては、将軍が君主の出動命令を受けて、軍を編成し、兵士を統率しながら進撃するにあたり、
    1. ヒ地:足場の悪い土地には、宿営してはならない。
       〔大部隊の行軍が渋滞し、攻撃を受けても迅速な対応が難しいから〕
    2. 衢地:他の国々と三方で接続している土地では、天下の諸侯と親交を結ぶ。
       〔地の利を生かして諸国に使節を派遣し、敵国を国際的孤立に追い込む〕
    3. 絶地:故国から遠く離れた土地には、とどまらず素早く通り過ぎる。
       〔本国からの補給が困難なため、長期戦を避け、短期決戦を行なう〕
    4. 囲地:背後が三方とも険しく、前方が細い出口になっている土地では、脱出の計謀をめぐらせる。
       〔前方に開いている通路に守備隊を派遣して封鎖した上で、後方に撤退する〕
    5. 死地:背後が三方とも険しく、前方の細い出口に敵が待っている土地では、必死に力戦する。
       〔全軍一丸となって出口から突出して、切り抜ける〕
    6. 道路には、そこを経由してはならない道路がある。
       〔行軍が渋滞する難所があって、浅く侵入すれば難所の手前で行軍が滞り、
       戦闘部隊が無理にその難所を越えて深入りすると分断されてしまう道。
       後続部隊との接続を確保しようとすると立ち止まると捕虜にされてしまう〕
    7. 敵軍には、それを攻撃してはならない敵軍がある。
       〔兵力上は、正面攻撃によって撃破できる目算が充分立っても、
       他にもっと巧妙な手があって、労せずに撃破できる可能性のある軍〕
    8. 城には、それを攻略してはならない城がある。
       〔1兵力上は充分攻め落とせるが、そこから先の前進に利益なく、守りきれない。2力攻してみても攻略できそうにもなく、前方で勝利を収めれば自然に降伏し、勝利できなくても後方で自軍の害とならない城〕
    9. 土地には、そこを争奪してはならない土地がある。
       〔水や食料が得られない劣悪な環境で、奪い取ってみても長くは占領維持できない〕
     君命には、それを受諾してはならない君命がある。だから、将軍の中で九変(九種の応変の対処法)が持つ利益に通暁する者こそは、軍隊の運用法を真にわきまえているのである。
     将軍でありながら九変の利益に精通しない者は、たとえ戦場の地形を知ってはいても、その地形がもたらす利益をわがものにすることができない。
     軍隊を統率していながら九変の術策を身につけていないようでは、五種の地形への対処法が持つ利益を観念的に知ってはいても、いざその場になると兵士たちの力を存分に駆使することはできない。
    〈利と害の両面で考える〉
     こうしたわけで、智者の思慮は、ある一つの事柄を考える場合にも、必ず利と害との両面をつき混ぜて洞察する。利益になる事柄に害の側面をも交えて考えるならば、その事業は必ずねらいどおりに達成できる。害となる事柄に利益の側面も合わせて計り考えるならば、その心配も消すことができる。
     そうしたわけで、諸侯の意思を自国の意図の前に屈服させるには、その害悪ばかりを強調する。諸侯を使役するには、損害を顧みないほど魅力的な事業に乗り出させる。諸侯を奔走させるには、害の側面を隠して利益ばかりを示す手を使う。
     そこで、戦争の原則としては、敵がやってこないことをあてにするのではなく、いつやってきてもいいような備えがこちらにあることをあてにする。敵が攻撃してこないことをあてにするのではなく、攻撃できないような態勢がこちらにあることをあてにするのである。
    〈指揮官五つの危険〉
     そこで、将軍には五つの危険がつきまとう。
    1. 決死の勇気だけで思慮に欠ける者は、殺される。
    2. 生き延びることしか頭になく勇気に欠ける者は、捕虜にされる。
    3. 短気で怒りっぽい者は、侮辱されて計略に引っかかる。
    4. 清廉潔白で名誉を重んじる者は、侮辱されて罠に陥る。
    5. 兵士をいたわる人情の深い者は、兵士の世話に苦労が絶えない。
     およそこれら五つは、将軍としての過失であり、軍隊を運営する上で災害をもたらす事柄である。軍隊を滅亡させ、将軍を敗死させる原因は、必ずこれら五つの危険のどれかにある。充分に明察しなければならない。
  9. 行軍篇〈敵情を見抜く〉
    〈行軍の秘訣〉
     およそさまざまな地形の上に軍隊を配置し、敵情を偵察するのに、
    1. 山を越えるには谷沿いに進み、高みを見つけては高地に休息場所を占める。戦闘に入る際には高地から攻め下るようにして、決して自軍より高い地点を占拠する敵に向かって攻め上がったりしてはならない。これが山岳地帯にいる軍隊についての注意である。
    2. 川を渡り終えたならば、必ずその川から遠ざかる。敵が川を渡って攻撃してきたときには、敵軍がまだ川の中にいる間に迎え撃ったりせず、敵兵の半数を渡らせておいてから攻撃するのが有利な戦法である。渡河してくる敵と戦闘しようとする場合は、川岸まで出かけて敵を攻撃してはならない。これが河川のほとりにいる軍隊についての注意である。
    3. 沼沢地を越える場合には、素早く通過するようにして、そこで休息したりしてはならない。もし敵と遭遇し、沼沢地の中で戦う事態になったならば、飲料水と飼料の草がある近辺を占めて、森林を背に配して布陣せよ。これが沼沢地にいる軍隊についての注意である。
    4. 平地では、足場のよい平坦な場所を占めて、丘陵を右後方におき、低地を前方に、高みを後方に配して布陣せよ。これが平地にいる軍隊についての注意である。
     およそこの四種の地勢にいる軍隊に関する戦術的利益こそは、黄帝が四人の帝王に打ち勝った原因なのである。
     およそ、軍隊をとどめるには、
     高地はよいが低地は悪い。 日当たりのよいところがすぐれるが、日当たりの悪い所は劣る。
     健康に留意して、水や草の豊富な場所におり、軍隊に種々の疾病が起こらないのが、必勝の軍である。
     丘陵や堤防などでは、必ずその東南にいて、それが背後と右手となるようにする。これが戦争の利益になることで、地形の援助である。
     上流が雨で、川が泡だって流れているときは、洪水の恐れがあるから、もし渡ろうとするなら、その流れの落ち着くのを待ってからにせよ。
     およそ地形に、絶壁の谷間(絶澗)・自然の井戸(天井)・自然の牢獄(天牢)・自然の取り網(天羅)・自然の陥し穴(天陥)・自然のすきま(天隙)のあるときは、必ず速くそこを立ち去って、近づいてはならない。こちらではそこから遠ざかって、敵にはそこに近づくように仕向ける。こちらではその方に向かい、敵はそこが背後になるように仕向ける。
     軍隊の近くに、険しい地形・池・窪地・芦の原・山林・草木の繁茂したところがあるときには、必ず慎重に繰り返して捜索せよ。これらは伏兵や偵察隊のいる場所である。
     敵が自軍の近くにいながら平然と静まり返っているのは、彼らが占める地形の険しさを頼りにしているのである。
     敵が自軍から遠く離れているにもかかわらず、戦いを仕掛けて、自軍の進撃を願うのは、彼らの戦列を敷いている場所が平坦で有利だからである。
     多数の木立がざわめき揺らぐのは、敵軍が森林の中を移動して進軍してくる。
     あちこちに草を結んで覆い被せてあるのは、伏兵の存在を疑わせようとしている。
     草むらから鳥が飛び立つのは、伏兵が散開している。
     獣が驚いて走り出てくるのは、森林に潜む敵軍の奇襲攻撃である。
     砂塵が高く舞い上がって、筋の先端がとがっているのは、戦車部隊が進撃してくる。
     砂塵が低く垂れ込めて、一面に広がっているのは、歩兵部隊が進撃してくる。
     砂塵があちらこちらに分散して、細長く筋を引くのは、薪を集めている。
     砂塵の量が少なくて行ったり来たりするのは、設営隊が軍営を張る作業をしている。
     敵の軍使の口上がへりくだっていて、防備が増強されているのは、進撃の下工作。
     敵の軍使の口上が強硬で、先頭部隊が侵攻してくるのは、退却の下工作。
     隊列から軽戦車が真っ先に抜け出して、敵軍の両側を警戒しているのは、行軍隊形を解いて陣立てをしている。
     敵の急使が、窮迫した事情もないのに和睦を懇願してくるのは、油断させようとする陰謀である。 伝令があわただしく走り回って、各部隊を整列させているのは、会戦を決意している。
     敵の部隊が中途半端に進撃してくるのは、自軍を誘い出そうとしている。
     兵士が杖をついて立っているのは、その軍が飢えて弱っている。
     水くみが水をくんで真っ先に飲むのは、その軍が飲料に困っている。
     利益を認めながら進撃してこないのは、疲労している。
     鳥がたくさん止まっているのは、その陣所に人がいない。
     夜に呼び叫ぶ声のするのは、その軍が臆病で怖がっている。
     軍営の騒がしいのは、将軍に威厳がない。
     旗が動揺しているのは、その備えが乱れた。
     役人が腹を立てているのは、その軍がくたびれている。
     馬に兵糧米を食べさせ、兵士に肉食させ、軍の鍋釜の類はみな打ち壊して、その幕舎に帰ろ  うともしないのは、行きづまって死にものぐるいになった敵である。
     ねんごろにおずおずと物静かに兵士たちと話をしているのは、みんなの心が離れている。
     しきりに賞を与えているのは、その軍の士気がふるわなくて困っている。
     しきりに罰しているのは、その軍が疲れている。
     はじめは乱暴に扱っておきながら、あとにはその兵士たちの離反を恐れるのは、考えの行き届かない極みだ。
     わざわざやってきて贈り物を捧げて謝るというのは、しばらく軍を休めたい。
     敵軍がいきり立って向かってきながら、しばらくしても合戦せず、また撤退もしないのは、必ず慎重に観察せよ。
     戦争は兵員が多いほどよいというものではない。ただ、猛進しないようにして、わが戦力を集中して敵情を考えはかっていくなら、十分に勝利を収めることができよう。
     そもそも、よく考えることもしないで敵を侮っている者は、きっと敵の捕虜にされるであろう。
     兵士たちがまだ将軍に親しみなついていないのに懲罰を行なうと、彼らは心服しない。心服しないと働かせにくい。ところが、兵士たちがもう親しみなついているのに懲罰を行なわないでいると、威令がふるわず、彼らを働かせることはできない。だから、軍隊では御徳でなつけ、刑罰で統制する。これを必勝の軍という。
     法令がふだんからよく守られていて、それで兵士たちに命令するのなら兵士たちは服従する。法令がふだんからよく守られていないのに、それで兵士たちに命令するのでは、兵士たちは服従しない。法令がふだんから誠実なものは、民衆とぴったり心が一つになっているのである。
  10. 地形篇〈六種の地形をどう利用するか〉
    〈地形に適した戦術をとる〉
     戦場の地形には、
    1. 四方に広く通じ開けている
    2. 途中に行軍が渋滞する難所を控えている
    3. 脇道が分岐している
    4. 道幅が急にせばまっている
    5. 高く険しい
    6. 両軍の陣地が遠くかけ離れている
    ものがある。
    1. わが方からも自由に行けるし敵方からも自由にこれるのは「通じ開けている」地形と呼ぶ。通じ開けた地形では、敵軍よりも先に高地の南側に陣取って、食料の補給路を有利に確保する形で戦えば、有利になる。
    2. その道に沿って進むことは何とかできても、引き返すのが難しいのは、「途中に引っかかる難所がある」地形と呼ぶ。
       難所を控えた地形では、難所の向こう側に敵の防御陣地がない場合には、難所を越えて出撃して勝てる。もし、敵の防御陣地が存在する場合には、出撃しても勝てず、再び難所を越えて引き返すのも難しくなって、不利である。
    3. わが方が先に進出しても不利になるし、敵方が先に進出しても不利になるのは、「脇道が分岐している」地形と呼ぶ。
       脇道が枝分かれしている地形では、たとえ敵が自軍に進出の利益を示して誘っても、それにつられてわが方から先に進出しない。軍を後退させて分岐点を離れ、逆に敵軍の半数を、分岐点をすぎて進出させておいてから攻撃するのが有利である。
    4. 両側から岩壁が張り出して、急に道幅がせばまっている地形では、わが方が先にその地点を占拠していれば、その隘路上に必ず兵力を密集させておいてから、敵の来攻を待ち受けよ。
       もし、敵が先にその地点を占拠していて、しかも敵の兵力がその隘路上に隙間なく密集している場合には、そこへ攻めかかってはならない。
       たとえ敵が先に占領していても、その隘路上を、敵の兵力が埋めつくしていない場合には、攻めかかれ。
    5. 高く険しい地形では、わが方が先にその地点を占拠している場合には、必ず高地の南側に陣取った上で、敵の来攻を待ち受けよ。
       もし、敵の側が先にその地点を占拠している場合には、軍を後退させてその場を立ち去り、そこの敵軍に攻めかかってはならない。
    6. 双方の陣地が遠く隔たっている地形では、戦勢が互角な場合は、自分の方から出陣して先に戦いを仕掛けるのは困難であり、無理に出かけていって戦闘すれば、不利になる。
     およそこれら六つの事柄は、地形についての道理である。
    将軍の最も重大な任務であるから、明察しなければならない。
     そこで、軍隊には
    1. 逃亡する 
    2. ゆるむ 
    3. 落ち込む 
    4. 崩れる 
    5. 乱れる 
    6. 負けて逃げる
    のがある。すべてこれら六つのことは、自然の災害ではなくて、将軍たる者の過失によるのである。
    1. そもそも軍の威力がどちらも等しいときに、十倍も多い敵を攻撃するのは、戦うまでもなく逃げ散らせる。
    2. 兵士たちの実力が強くて、取り締まる役人の弱いのは、軍をゆるませる。
    3. 取締りの役人が強くて、兵士の弱いのは、軍を落ち込ませる。
    4. 役人の頭が怒って将軍の命令に服従せず、敵に遭遇しても恨み心を抱いて、自分勝手な戦いをし、将軍はまた彼の能力を知らないというのは、軍を突き崩す。
    5. 将軍が軟弱で厳しさがなく、軍令もはっきりしないで、役人兵士たちにもきまりがなく、陣立てもデタラメなのは、乱れさせる。
    6. 将軍が敵情を考えはかることができず、小勢で大勢の敵と合戦し、弱勢で強い敵を攻撃して、軍隊の先鋒に選びすぐった勇士もいないのは、負けて逃げさせる。
     すべてこれら六つのことは、敗北についての道理である。将軍の最も重要な責務として充分に考えなければならないことである。
    〈指導者の理想像〉
     そもそも土地の形状は、軍事行動の補助要因である。敵情をはかり考えては勝利の形を策定しつつ、地形が険しいか平坦か、遠いか近いかを検討して、勝利実現の補助手段に利用していくのが、全軍を指揮する上将軍の踏むべき行動基準である。
     こうしたやり方を熟知して戦闘形式を用いる者は必ず勝つが、こうしたやり方を自覚せずに戦闘形式を用いる者は、必ず敗れる。
     そこで、戦闘の道理として自軍に絶対の勝算があるときには、たとえ主君が戦闘してはならないと命じても、ためらわず戦闘してかまわない。
     戦闘の道理として勝算がないときには、たとえ主君が絶対に戦闘せよと命じても、戦闘しなくてかまわない。
     したがって、君命を振り切って戦闘に突き進むときでも、決して功名心からそうするのではない。君命に背いて戦闘を避けて退却するときでも、決して誅罰をまぬがれようとせずに、ひたすら民衆の生命を保全しながら、しかも結果的にそうした行動が君主の利益にもかなう。このような将軍こそは、国家の財宝である。
     将軍が兵士を治めていくのに、兵士たちを赤ん坊のように見て、万事に気をつけていたわっていくと、それによって兵士たちと一緒に深い谷底のような危険な土地にも行けるようになる。
     兵士たちをかわいいわが子のように見て、深い愛情で接していくと、それによって兵士たちと生死をともにできるようになる。
     しかし、もし手厚くするだけで仕事をさせることができず、かわいがるばかりで命令することもできず、デタラメをしていてもそれを止めることができないのでは、たとえてみればおごりたかぶった子供のようで、ものの用にたたない。
     味方の兵士に、敵を攻撃して勝利を収められる力があることがわかっても、敵の方に備えがあって、攻撃してはならない状況があることを知っていなければ、必ず勝つとは限らない。
     敵に隙があって、攻撃できる状況があることがわかっても、味方の兵士が攻撃をかけるのに十分でないことがわかっていなければ、必ず勝つとは限らない。
     敵に隙があって攻撃できることがわかり、味方の兵士にも敵を攻撃する力のあることはわかっても、土地のありさまが戦ってはならない状況であることを知るのでなければ、必ず勝つとは限らない。
     だから、戦争のことに通じた人は、敵・味方・土地のことをわかった上で行動を起こすから、軍を動かして迷いがなく、合戦しても苦しむことがない。だから、「敵情を知って、味方の事情も知っておれば、そこで勝利に揺るぎがない。土地のことを知って、自然界のめぐりのことも知っておれば、そこでいつでも勝てる」といわれるのである
  11. 九地篇〈脱兎のごとく進攻せよ〉
    〈九種の地勢とその戦術〉
     土地の形状とは、軍事の補助要因である。そこで軍を運用する方法には、
    1. 散地(軍の逃げ去る土地) 
    2. 軽地(軍の浮き立つ土地) 
    3. 争地(敵と奪い合う土地) 
    4. 交地(往来の便利な土地) 
    5. 衢{く}地(四通八達の中心地) 
    6. 重地(重要な土地) 
    7. 泛{はん}地(軍を進めにくい土地) 
    8. 囲地(囲まれた土地) 
    9. 死地(死すべき土地)
    がある。
    1. 諸侯が自国の領内で戦うのが、散地である。
    2. 敵国内に侵入しても、まだ深入りしていないのが、軽地である。
    3. 自軍が奪い取れば味方に有利となり、敵軍が奪い取れば敵に有利になるのが、争地である。
    4. 自軍も自由に行くことができ、敵軍も自在に来ることができるのが、交地である。
    5. 諸侯の領地が三方に接続していて、そこに先着すれば、諸国とよしみを通じて天下の人々の支援が得られるのが、衢地である。
    6. 敵国奥深く侵入し、多数の敵城を後方に背負っているのが、重地である。
    7. 山林や沼沢地を踏み越えるなど、およそ進軍が難渋する経路であるのが、泛地である。
    8. それを経由して中へ入り込む通路は狭く、それを伝ってそこから引き返す通路は曲がりくねって遠く、敵が寡兵で味方の大部隊を攻撃できるのが、囲地である。
    9. 突撃が迅速であれば生き延びるが、突撃が遅れればたちまち全滅するのが、死地である。
     したがって、 
    1. 散地では、戦闘してはならない。 
    2. 軽地では、ぐずぐずしてはならない。 
    3. 争地では、敵に先にそこを占拠された場合には攻めかかってはならない。 
    4. 交地では、全軍の隊列を切り離してはならない。 
    5. 衢地では、諸侯たちと親交を結ぶ。 
    6. 重地では、敵情を巻いたりせずにすばやく通り過ぎる。 
    7. 泛地では、軍を宿営させずに先へ進める。 
    8. 囲地では、潰走の危険を防ぐ策謀をめぐらせる。
    9. 死地では、間髪をいれずに死闘する。
     昔の戦争の達人は、敵軍に前軍と後軍との連絡ができないようにさせ、大部隊と小部隊とが助け合えないようにさせ、身分の高い者と低い者とが互いに救い合わず、上下の者が互いに助け合わないようにさせ、兵士たちが離散して集合せず、集合しても整わないようにさせた。
     こうして、味方に有利な状況になれば行動を起こし、有利にならなければまたの機会を待ったのである。
    Q:敵が秩序だった大軍でこちらを攻めようとしているときには、どのようにしてそれに対処したらよかろうか。
    A:相手に先んじて、敵の大切にしているものを奪取すれば、敵はこちらの思いどおりになるだろう。戦争の実状は迅速が第一である。敵の準備中を利用して、思いがけない方法を使い、敵の備えのない所を攻撃することだ。
    〈敵国深く進入せよ〉
     およそ、敵国内に進行する方法としては、
     徹底的に奥深くまで進攻してしまえば、兵士が結束するから、散地で戦う迎撃軍は対抗できない。 肥沃な土地で掠奪すれば、全軍の食料も充足する。
     慎重に兵士たちを休養させては疲労させないようにし、士気を一つにまとめ、戦力を蓄え、複雑に軍を移動させては策謀をめぐらせて、自軍の兵士たちが目的地を推測できないように細工しながら、最後に軍を八方ふさがりの状況に投げ込めば、兵士たちは死んでも敗走したりはしない。どうして死にものぐるいの勇戦が実現されないことがあろうか。士卒はともに死力を尽くす。
     兵士たちは、あまりにも危険な状況にはまりこんでしまうと、もはや危険を恐れなくなる。
     どこにも行き場がなくなってしまうと、決死の覚悟を固める。
     敵国内に深く入り込んでしまうと、一致団結する。
     逃げ場のない窮地に追いつめられてしまうと、奮戦力闘する。
     だから、そうした絶体絶命の外征軍は、ことさらに指揮官が調教しなくても、自分たちで進んで戒め合う。
     口に出して要求しなくても、期待通りに動く。
     いさかいを禁ずる約束を交わさせなくても、自主的に親しみ合う。
     軍令の罰則で脅かさなくても、任務を忠実に果たす。
     軍隊内での占いごとを禁止して、僥倖が訪れて生還できるのではないかとの疑心を取り除くならば、戦死するまで決して逃げ出したりはしない。
     わが軍の兵士たちが余分な財貨を持ち歩かないからといって、それは何も財貨を嫌ってのことではない。今ここで死ぬ以外に他の死に方を考えないからといって、それは何も長生きを嫌ってのことではない。
     決戦の命令が発せられた日には、兵士たちの座り込んでいる者は、ぽたぽたとこぼれ落ちる涙のしずくで襟をぬらし、横たわっている者は、両目からあふれ出る涙の筋が、頬を伝ってあごの先に結ぶ。こうした決死の兵士たちを、どこにも行き場のない窮地に投入すれば、全員が勇敢になるのである。
     そこで、戦争の上手な人は、たとえば率然{そつぜん}のようなものである。率然というのは、常山にいる蛇のことである。その頭を撃つと尾が助けに来るし、その尾を撃つと頭が助けに来るし、その腹を攻撃すると頭と尾とで一緒にかかってくる。
    Q:軍隊はこの率然のようにすることができるか。
    A:できる。
     そもそも、呉の国の人と越の国の人とは互いに憎みあう仲であるが、それでも一緒に同じ船に乗って(呉越同舟)、川を渡り、途中で大風にあった場合には、彼らは左手と右手との関係のように密接に助け合うものである。
     こういうわけで、馬をつなぎ止め、車輪を土に埋めて陣固めをしてみても、決して充分に頼りになるものではない。軍隊を、勇者も臆病者も等しく勇敢に整えるのは、その治め方によるのである。剛強な者も柔弱な者も等しく充分な働きをするのは、土地の形勢の道理によるものである。
     だから、戦争の上手な人が、まるで手をつないでいるかのように軍隊を一体にさせ、率然のようにさせるのは、兵士たちを、戦うほかにどうしようもないような条件に置くからである。
     将軍たる者の仕事は、もの静かで奥深く、正大でよく整っている。
     士卒の耳目をうまくくらまして、軍の計画を知らせないようにする。
     そのしわざをさまざまに変え、その策謀を更新して、人々に気づかれないようにする。
     その駐屯地を転々と変え、その行路を迂回してとって、人々に推測されないようにする。
     軍隊を統率して任務を与えるときには、高いところへ登らせてからその梯子を取るように、戻りたくても戻れないようにする。
     深く外国の土地に入り込んで決戦を起こすときには、羊の群れを追いやるように、兵士たちを従順にする。
     追いやられてあちこちと往来するが、どこに向かっているかは誰にもわからない。全軍の大部隊を集めて、そのすべてを決死の意気込みにするような危険な土地に投入する。それが将軍たる者の仕事である。
     九とおりの土地の形勢に応じた変化、状況によって軍を屈伸させることの利害、そして人情の自然な道理については、充分に考えなければならない。
     およそ、敵国に進撃した場合のやり方としては、深く入り込めば団結するが、浅ければ逃げ去るものである。
    1. 本国を去り、国境を越えて軍を進めた所は、絶地である。
    2. 絶地の中で、四方に通ずる中心地が、衢地である。
    3. 深く進入した所が、重地である。
    4. 少し入っただけの所が、軽地である。
    5. 背後が険しくて、前方が狭いのが、囲地である。
    6. 行き場のないのが死地である。
     散地ならば、兵士たちが離散しやすいから、自分は兵士たちの心を統一しようとする。
     軽地ならば、軍がうわついているから、自分は軍隊を離れないように連続させようとする。
     争地ならば、先に得た者が有利であるから、自分は遅れている部隊を急がせようとする。
     交地ならば、通じ開けているから、自分は守備を厳重にしようとする。
     衢地ならば、諸侯たちの中心地であるから、自分は同盟を固めようとする。
     重地ならば、敵地の奥深くであるから、自分は軍の食料を絶やさないようにする。
     泛地ならば、行動が困難であるから、早く行き過ぎようとする。
     囲地ならば、逃げ道が開けられているものであるから、戦意を強固にするために、自分はその逃げ道をふさごうとする。
     死地ならば、力いっぱい戦わなければ滅亡するのだから、自分は軍隊にとても生き延びられないことを認識させようとする。
     そこで、兵士たちの心としては、
     囲まれたなら、命ぜられなくとも抵抗する。
     戦わないでおれなくなれば、激闘する。
     あまりにも危険であれば、従順になる。
    1. 諸侯たちの腹のうちがわからないのでは、前もって同盟することはできない。
    2. 山林・険しい地形・沼沢地などの地形がわからないのでは、軍隊を進めることはできない。
    3. その土地の案内役を使えないのでは、地形の利益を収めることはできない。
     これら三つのことは、その一つでも知らないのでは、覇王の軍ではない。
     そもそも、覇王の軍は、もし大国を討伐すればその大国の大部隊も集合することができない。もし威勢が敵国をおおえば、その敵国は孤立して、他国と同盟することができない。
     こういうわけで、天下の国々との同盟を務めることをせず、また天下の権力を自分の身に積み上げることをしないでも、自分の思いどおり勝手にふるまっていて威勢は敵国をおおっていく。だから、敵の城も落とせるし、敵の国も破れるのである。
     ふつうのきまりを越えた重賞を施し、ふつうの定めにこだわらない禁令を掲げるなら、全軍の大部隊を働かせるのも、ただの一人を使うようなものである。
     軍隊を働かせるのは、任務を与えるだけにして、その理由を説明してはならない。
     軍隊を働かせるのは、有利なことだけを知らせて、その害になることを告げてはならない。
     誰にも知られずに、軍隊を滅亡すべき状況に投げ入れてこそ、はじめて滅亡を逃れる。死すべき状況に陥れてこそ、はじめて生き延びる。そもそも、兵士たちは、そうした危難に陥ってこそ、はじめて勝敗を自由にすることができるものである。
    〈はじめは処女のごとく、後は脱兎のごとく〉
     戦争を遂行する上での要点は、敵の意図に順応して調子を合わせるところにある。
     敵の進路と行程に歩調を合わせて進軍して、敵軍と同一の目的地を目指し、千里もの遠方で正確に会敵して敵将を倒すのは、これぞ鮮やかな仕事ぶりと称するのである。
     こうしたわけだから、ついに開戦の政令が発動された日には、
     国境一帯の関所をことごとく封鎖する。
     通行許可証を無効にする。
     敵国の使節の入国を禁止する。
     廟堂の上で廟議をおごそかに行なって、戦争計画に決断を下す。
     いよいよ自軍が国境地帯に進出し、敵側が不意を衝かれて防衛線に間隙を生じたならば、
     必ずそこから迅速に侵入する。 
     敵国がぜひとも防衛したがる地点に、先制の偽装攻撃をかける。
     出動してくる敵軍と、ある日時・ある地点で会敵しようとひそかに心を決める。
     先制攻撃地点をひそかに離脱し、全軍黙って敵軍の進撃路に調子を合わせて進む。
     予定通りに敵軍を捕捉して会戦に入り、一挙に戦争の勝敗を決する。
     こうしたわけで、最初のうちは乙女のようにしおらしく控えていて、いざ敵側が侵入口を開けたとたん、あとは追っ手を逃れるウサギのように、一目散に敵国のふところ深く侵攻してしまえば、もはや敵は防ぎようがないのである。
  12. 用間篇〈スパイこそ最重要員〉
    〈敵情を察知せよ〉
     およそ十万規模の軍隊を編成し、千里の彼方に外征するとなれば、民衆の出費や政府の支出は、日ごとに千金をも消費するほどになり、遠征軍を後方で支えるために朝野を問わずあわただしく動き回り、物資輸送に動員された人民は補給路の維持に疲れ苦しんで、農事に専念できない者たちは七十万戸にも達する。
     こうした苦しい状態で、数年にもおよぶ持久戦を続けたのちに、たった一日の決戦で勝敗を争うのである。
     それにもかかわらず、間諜に爵位や俸禄や賞金を与えることを惜しんで、決戦を有利に導くために敵情を探知しようとしないのは、不仁の最たるものである。そんなことでは、とても民衆を統率する将軍とはいえず、君主の補佐役ともいえず、勝利の主宰者ともいえない。
     だから、聡明な君主や知謀にすぐれた将軍が、軍事行動を起こして敵に勝ち、抜群の成功を収める原因は、あらかじめ敵情を察知するところにこそある。
     事前に情報を知ることは、鬼神から聞き出して実現できるものではなく、天界の事象になぞらえて実現できるものでもなく、天道の理法とつきあわせて実現することもできない。必ず、人間の知性によってのみ獲得できるのである。
    〈五種類のスパイ〉
     そこで、間諜の使用法には五種類ある。
    1. 因間
    2. 内間
    3. 反間
    4. 死間
    5. 生間
     これら五種の間諜が平行して諜報活動を行ないながら、互いにそれぞれが位置する情報の伝達経路を知らずにいるのが、神妙な統括法(神紀)と称し、人民を治める君主の貴ぶべき至宝なのである。
    1. 因間というのは、敵国の民間人を手づるに諜報活動をさせるものである。
    2. 内間というのは、敵国の官吏を手づるに諜報活動をさせるものである。
    3. 反間というのは、敵国の間諜を手づるに諜報活動をさせるものである。
    4. 死間というのは、虚偽の軍事計画を部外で実演して見せ、配下の間諜にその情報を告げさせておいて、あざむかれて謀略に乗ってくる敵国の出方を待ち受けるものである。 
    5. 生間というのは、繰り返し敵国に侵入しては生還して情報をもたらすものである。
    〈スパイを使いこなす〉
     そこで、全軍の中でも、
     君主や将軍との親密さでは間諜が最も親しい。
     恩賞では間諜に対するものが最も厚い。
     軍務では間諜のあつかうものが最も秘密裏に進められる。
     君主や将軍が俊敏な思考力の持ち主でなければ、軍事に間諜を役立てることはできない。
     部下への思いやりが深くなければ、間諜を期待どおり忠実に働かせることができない。
     微妙なことまで察知する洞察力を備えていなければ、間諜のもたらす情報の中の真実を選び出すことができない。
     何と測りがたく、奥深いことか。およそ軍事の裏側で、間諜を利用していない分野など存在しないのである。
     君主や将軍が間諜と進めていた諜報・謀略活動が、まだ外部に発覚するはずの段階で他の経路から耳に入った場合には、その任務を担当していて秘密を漏らした間諜と、その極秘情報を入手して通報してきた者とは、機密保持のため、ともに死罪とする。
     撃ちたいと思う軍隊・攻めたいと思う城・殺したいと思う人物については、必ずその
     官職を守る将軍
     左右の近臣
     奏聞者
     門を守る者
     宮中を守る役人
    の姓名をまず知って、味方の間諜に必ずさらに追求して、それらの人物のことを調べさせる。
     敵の間諜でこちらにやってきてスパイをしている者は、つけこんでそれに利益を与え、うまく誘ってこちらにつかせる。そこで反間として用いることができる。
     反間によって敵情がわかるから、因間や内間も使うことができる。
     反間によって敵情がわかるから、死間を使って偽りごとをした上で、敵方に告げさせることができる。
     反間によって敵情がわかるから、生間を計画どおりに働かせることができる。
     五とおりの間諜の情報は、君主が必ずそれをわきまえるが、それが知れるもとは、必ず反間によってである。そこで、反間はぜひとも厚遇すべきである。
     昔、殷王朝が始まるときには、建国の功臣伊摯が間諜として敵の夏の国に入り込んだ。
     周王朝が始まるときには、建国の功臣呂牙が間諜として敵の殷の国に入り込んだ。
     だから、聡明な君主やすぐれた将軍であってこそ、はじめてすぐれた知恵者を間諜として、必ず偉大な功業を成し遂げることができるのである。この間諜こそ戦争のかなめであり、全軍がそれに頼って行動するものである。
  13. 火攻篇〈軽々しく戦争を起こすな〉
    〈五種類の火攻め〉
     およそ火を用いる攻撃法には五種類ある。
    1. 火人(兵士を焼きうちする)
    2. 火積(野外の集積所に貯蔵されている物資を焼き払う)
    3. 火輜(物資輸送中の輜重部隊を焼きうちする)
    4. 火庫(屋内に物資を保管する倉庫を焼き払う)
    5. 火隧(敵の補給路、行軍路、橋梁などを炎上させる)
     火攻めの実行には、自軍に内応したり、敵軍内に紛れ込んで放火する破壊工作員が当たる。内応者や破壊工作員は、必ず前もって用意しておく。
     火を放つには、適当な時節がある。放火後、火勢を盛んにするには、適切な日がある。
     火をつけるのに都合のよい時節とは、天気が乾燥している時候のことである。
     火災を大きくするのに都合のよい日というのは、月の宿る場所が、箕・壁・翼・軫の星座と重なる日のことである。およそ、これら四種類の日は、風が盛んに吹きはじめる日である。
     およそ、火攻めは、必ず五とおりの火の変化に従って、それに呼応して兵を出す。
    1. 味方の放火した火が、敵の陣営の中で燃えだしたときには、すばやくそれに呼応して、外から兵をかける。
    2. 火が燃えだしたのに敵軍が静かな場合には、しばらく待つことにして、すぐに攻めてはならない。その火勢にまかせて様子をうかがい、攻撃してよければ攻撃し、攻撃すべきでなければやめる。
    3. 火を外からかけるのに都合がよければ、陣営の中で放火するのを待たないで、適当な時を見て火をかける。
    4. 風上から燃えだしたときには、風下から攻撃してはならない。
    5. 昼間の風は利用するが、夜の風はやめる。
     およそ、軍隊では必ずこうした五とおりの火の変化のあることをわきまえ、技術を用いてそれを守るべきである。
    〈火攻めは水攻めにまさる〉
     だから、火を攻撃の補助手段にするのは、将軍の頭脳の明敏さによる。
     水を攻撃の補助手段にするのは、軍の総合戦力の強大さによる。
     水攻めは敵軍を分断することはできても、敵軍の戦力を奪い去ることはできない。
    〈死んだ者は帰ってこない〉
    そもそも戦闘に勝利を収め、攻撃して戦果を獲得したにもかかわらず、それがもたらす戦略的成功を追求しないでだらだら戦争を続けるのは、国家の前途に対して不吉な行為である。
     これを、国力を浪費しながら外地でぐずぐずしている、と名付ける。
     そこで、先を見通す君主は、すみやかな戦争の勝利と終結を熟慮する。
     国を利する将軍は、戦争を勝利の中に短期決着させる戦略的成功を追求する。
     利益にならなければ、軍事行動を起こさない。
     勝利を獲得できなければ、軍事力を使用しない。
     危険が迫らなければ、戦闘しない。
     君主は、一時の怒りの感情から軍を興して戦争を始めてはならない。
     将軍は、一時の憤激に駆られて戦闘してはならない。
     国家の利益に合えば軍事力を使用する。国家の利益に合致しなければ軍事力の行使を思いとどまる。
     怒りの感情はやがて和らいで、また楽しみ喜ぶ心境に戻れる。憤激の情もいつしか消えて、再び快い心境に戻れる。
     しかし、軽はずみに戦争を始めて敗北すれば、滅んでしまった国家は決して再興できず、死んでいった者たちも二度と生き返らせることはできない。
     だから、先見の明を備える君主は、軽々しく戦争を起こさぬよう、慎重な態度で臨む。
     国家を利する将軍は、軽率に軍を戦闘に突入させないように自戒する。
     これこそが、国家を安泰にし、軍隊を保全する方法なのである。