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資料館A 守・破・離

「守・破・離」

「規矩作法 (きくさほう)
  守りつくして 破るとも 離るるとても本を 忘るな」
 「守・破・離(しゅ・は・り)」は、江戸時代の茶道・江戸千家で不白流の茶人・川上不白(1719−1807)が残した言葉で、今日武道の世界においてもよく引用される。
 「守・破・離」の意を表す言葉として、上記の千利休【茶道】の道歌がある。
但し、千利休は仏典には無い項目を付け加えている。 
 それは、『守破離』のどの段階にあろうとも、『本を忘るな』ということである。
『本』――ものごとの「基本」「本質」、おおもと・かなめ・はじめ・まことの。
 「伝統を踏まえながらもそこに留まることなく、つねに新たな世界を創造してゆく。しかし、根源の精神は忘れない」又は、「基本を守り、基本から応用を見出し、自分の型をみつける。それでも、基本を忘れるな」という事である。
  この項目の追加で、仏教的な絶対的超越を目指す姿勢から、求道の祖らしい人間的限界を定めた「離」に留めた辺りは、流石に千利休という見方も出来る。
  これは、能を確立した世阿弥の教え「序・破・急」を、お茶の世界において発展させたものともいわれる。
  この歌の解釈は、『その人の世界』や『置かれた状況』によって様々な取り方が出来るのであるが、茶道に限らず、華道、柔道、剣道、空手道など、およそ「道」と名のつくもの全てにおいて、この『歌』はピタリとくるのが不思議である。
 日本人に限らず東洋人は、この「道」という奴が大好きである。

  「守・破・離」は、師匠の元で学び始めてから、師匠を超え、独立するまでの段階を「守」・「破」・「離」の三段階に分けている。
  「師弟関係」があり、「型」により業(技)を伝承・伝達する弟子教育を行う「道」の付く日本の文武二道の文化・芸術の修業(修行)段階や技の程度や順序を示す言葉として、「守・破・離」はよく使われている。
 この順序は物事を学ぶ基本として、空手道でも、剣道でも、書道でも、茶道でも、華道でも、現代でも広く用いられている。
  似た言葉として、書の「真・行・草(真書・行書・草書)」、剣の「初伝・中伝・奥伝」、技の「基本・変化・応用」等、多数がある。
  簡単に言えば、先ず良き師を探し求めることから始まるのである。縁と恩により出会い、入門を許されたならば、まず師の「型」の真似・学習から始める。
 次にそれを身に付け、考え、研鑽する。
 最終的には自分自身の「型」を身につけよという事とである。その結果として、新たなる「技(型)」が完成、創造され、技は永久に伝えられ、「道」となるのである。  
 「守・破・離」は、単純に言えば
「守」…型・形を守る段階(初心者)
「破」…型・形を破る段階(達人)
「離」…型・形を離れる段階(名人)
 さらにいえば、
「守」とは、師や先人やマニュアルの「型・形」に縛られた段階。
「破」とは、「守」を守りつつも一歩抜けた状態で、「型・形」に否定的な部分を見出し、新しい考えや工夫を加わえ、応用のきく段階。
「離」とは、独自の世界を創造する領域、という事。
 どの「道」にも必ず型というものがある。
そして、繰り返し繰り返し型の稽古をしなければならない。
 型は昔から代々受け継がれてきているが、実は少しずつ工夫が加わって次第に良いものだけが残されてきている。
 型は常に同じものではなく、時代に伴い変化している。
 受け継いだものを守り、現代(いま)に合わなくなったものを捨て去って、そこに新しく、独自の工夫を加え、それを繰り返す。
 そして今までの型を越える、独自の世界(オリジナリティ)を創り出していく・・・。
 伝統を守るということは、"基本に忠実である""前と全く同じようにやる"ということではなく、現代(いま)に生きることができるよう、少しずつ変化しながら、生命ある営みとして継承されていくことなのかも知れない。
「守」
  第一段階である「守」は、基礎・基本【建築で云えば土台・骨組み】である。師の教えである「型」を守る、学ぶ時期である。
  疑う事無く、一心不乱、誠心誠意、ただひたすら師・先輩等の教えを守り、真似て真似て、学んで学んで、型の反復練磨により身に付ける時である。
 学べる喜び、成長がはっきり見える時期である。この最初の、学習・学びの段階が「守」である。
 「守破離」の「守」とは、武道を学ぶにあたって、師や各流派独自の教えや形、技などを忠実に守り、それからはずれることのないよう精進して、その教えを堅く守って身につけることである。
  まず、入門すると先生のやり方を習う。したがって、習ったら、先生に教えられたことを守ることから始まる。この段階では、上達しているかどうかは先生に評価してもらうことになる。
 最初の段階では、指導者の話を守る。
 できるだけ多くの話を聞き、指導者の行動を見習って、指導者の価値観を自分のものにしていく。
 すべてを習得できたと感じるまでは、指導者の指導の通りの行動する。
一から十まで型通りにやることであり、それが一通り終る頃になると、型にはまり融通のきかないものになる。そこで、「破」の段階に入れというのである。
「破」
 第二段階である「破」は、変化・応用【建築で云えば上物・外構】である。
 学んでいる師・先輩等の教えである、型【技術】を深め、広げる時期である。身に付けたと思い、慢心、過信で小さく纏まった自己の型、悪癖を破り壊し、再構築する時である。
 大きく成長、発展する為に、技を完全に身に付ける為に、未熟な自己の型を打ち破る為に、研究・変革の段階が「破」である。
 その為には、初心に帰り自らの学ぶ姿勢を反省し、素直に、謙虚に、自分なりに考え、思考錯誤を繰り返す時である。
 自分以外の優れたものを認める素直さが必要であり、謙虚に良いものに気付き、学ぶ精神、行動が必要な時である。
 「かた(型)」に、「ち(血)」を通わせ、命を与えることにより「かたち(形)」となり、技が見えて来る時期でもある。
 「破」とは、今まで学んで身につけた教えや形、技が確実に身につき、修行がさらに進んでいけば、自然と他流の師の教えも心がけ、他流のよい技を取り入れていく。そして自己の守ってきた形の技を破って、心と技を発展させていくのである。
 次の段階で、指導者の話を守るだけではなく、破る行為をしてみる。
自分独自に工夫して、指導者の話になかった方法を試してみる。
 文字通り「破る」ことで、型にはまったことを破って行く努力をすることであり、一寸考えると何でもないことのようだが、それは「守」の段階をふまない人の考えることで、本当に「守」の型にはまった人がそれを破るということは実に容易でないことである。
 あるところまで上達すると、人は教えられたことを自分がやりやすいように変えて見たくなり、教えを少し破って見るようになる。
 破ったことで先生の評価は下がるかも知れない。しかし、少し破って見ると先生との違いを自分で判断できるようになり、自分の考えが段々と固まってきて、自分流を見出だしてくるようになる。
  さて、「型」は大変に上手であるが、「組手」が出来ない人たちをときどき見かける。大会でも「型」は「型」、「組手」は「組手」というふうに分けているが、本当は「型」が上手で、「組手」が強いという様にならなければならないと思う。
一つ一つの技が上手になり、それを組手に生かせなければ意味がなく、「守」から「破」することがむずかしく、出来ないのではないかと思う。その段階で、空手に型不要論者が生ずるのではないだろうかと思う。
極真空手創始者・大山倍達総裁は、フルコンタクト実戦空手を標榜されて空手道選手権大会を開催されたが、全世界大会代表選手合宿においても、試合目的の稽古を嫌い、直前まで基本・型稽古も重視して指導された。
極真は勝負偏重主義ではあるが、けっして基本や型をおろそかにはされなかった。 空手としての衿持、武道家としての礼を常に重んじ、勝者にも「ガッツポーズ」することを戒めた。「空手着を着たキックボクシング」になることを決して許さなかった。
「離」
 第三段階である「離」は、自由・創造、在りのまま【建築で云えば、完成・次の建物へ】である。
 師の教えを素直に行う、出来る時期であり、「型」が身に付き「技」へと昇華、完成される時機である。人が箸、茶碗を使う様に、型を意識する事無く、忘れ、離れて、心技体一如となり、自由自在に出来る時である。
 その結果、独自の世界、その人自身の「技」が、自然に創出される。この段階が「離」である。
 「破」の段階を卒業すると、はじめて「離」の段階に入るのであるが、「守」からも「破」からも離れて、型通りやらなければならぬ時には型通りにやり、型を破る必要のある時には、これを破る。
それこそ「心の欲する所に従って矩をこえず」の境に達するのあるが、それが仲々容易のことではなく、それこそ「一所懸命」のことなのである。
というのは、一応は「守」−「破」−「離」−の段階を経て、自由の境地に遊び得たと思っているうちに、あるいは内的に、あるいは外的に、その時の自己の力量以上の問題にぶつかると、これではならないという自己疑惑、もしくは自己否定に陥る。
 更により高き段階の新たなるものを求めて、これに対して「守」の修行に進み、「破」に進み、「離」に進み、守破離−守破離、と進むのが真面目な人生のすがたと思う。  
 以上のとおり、「守破離」の訓えは、自己の勝手な判断により、師の教えを守らずに、破り、離れる分派・分裂の訓えでは無い。
 判断するのは師であり、周りである。自身は何処までも何所までも師の教え、師の求めたるものの求道、探求を通じて、技と共に人間として成長していく修行の過程であり、悟りへの道である。
 この「守破離」の精神は単に武道ばかりでなく、人間の生き方すべてにとって大事なことである。其の過程を示す指標として「守破離」があるのである。 
 「離」とは、破の状態よりさらに修行していくうちに「守」にとらわれず、また「破」も意識せず、おのずから一つの形、流派を離れて新機軸を開いて、独自の新しいものを生み出して、修行していくことである。
 最後の段階では、指導者のもとから離れて、自分自身で学んだ内容をさらに発展させる。そして、先生の教えから変えた自分のやり方に自信を持ってくると先生の流儀から離れて独立していくようになる。
 先生の流儀を守っている間は、自分の力は先生の目だけで評価され、世間の目からは隔離されていて、直接に批判されることはない。
 世間からは先生だけが評価されているのである。先生から離れると、自分が打ち立てた流儀は世間の目で厳しく評価され、世の荒波を自分でかぶることになる。
<閑話休題> 入門者の中には、基本や型を嫌い、自己流自由組手に先走る者も見受けられる。確かに、フルコンタクト空手は簡単に真似事ができるから、それで満足してしまう者も多い。でもそれでは辛抱が足りない。物事の筋道が間違っている。
そもそも「型」を作って打ち破ることが、文字通り「型破り」になるのである。基本も型もできないうちに、師の教えに背いて勝手に先に進もうとするのは、けっして「型破り」ではなく、「形無し」である。ただの我が儘でしかない。
剣道や柔道などは存じ上げないが、空手道場は出自の知れない流派が蔓延っている。そこの師範は「何処で、どのくらいの修行をしたのか」がわからない。
特に酷い者だと、「守」もできない段階(黒帯未満の段階)で、勝手に「離」して看板を掲げて道場を立ち上げたり、勝手に自派を名乗る者もいる。それは「守破離」でもなんでもない。只管「道」を求める人間のする行為ではない。
自己満足、営利目的の行動で、世渡り上手かもしれないが、空手に対して傲慢不遜な行為で言語道断である。
 そして「離」の後も、自らが指導者たるは「本を忘れるな」の言葉通り、教えを受けた師に対する礼をけっして忘れてはならないものである。現在の自分が因って起つ礎を忘れてはならない。
 すなわち「目は高く、頭は低く、口を慎んで、心広く、孝を原点として他を益する」という極真精神に道は繋がっているのである。
「能」を通して、守破離を考える
1.人間の身体の運動によって形成される「型」は二つに分けられる。
「狭義の型」(基本型)
 身体の運動によって、究極的には「心・技・体」の一致が目指される。
 「文の文化」(能・歌舞伎・舞踊・書道・茶道等の芸道)にも、「武の文化」(剣道・柔道・弓道・空手などの武道)にも等しくみられる構造。
 表面的には対立するようにみえる両者が、根源的において一致する理由はここにある。
「広義の型」(複合型)
 能の世阿弥のいう「序・破・急」。江戸時代の茶人川上不白の提起した「守・破・離」がそれである。他の演劇の世界や、フィギュアスケートなどのスポーツの演技の世界、学芸の世界に通じる事柄である。
2.「型」と「形」の関係
 「型」とは、ある「形」が持続化の努力を経て洗練・完成したものである。
機能性・合理性・安定性を有し、一種の美をもち、模範性と統合性を具えている。
 型を構成するものには「心・技・体」の三要素がある。
 この三つが完全にそろうのは、室町時代の初めのことであり、心の捉え型に大きな変化が起こる。 
 心のあり方を「有心」「無心」に分けると、室町時代以前には「有心」の方に価値を見出してきた。それが室町時代の初めに逆転し、「無心」を心の真髄とする見方に変化したのである。
 能の世阿弥の芸道論は、こうした転換を背景として成立するものだった。
父・観阿弥自身は著作を残さなかったが、観阿弥は能に物まねを取り入れた。
物まねは、能における型の成立においてきわめて重要である。
 物まねの徹底=真実性の追究の先に幽玄や強さが生まれ、それが美の対象になるとしている。世阿弥の作った 『風姿花伝』は大部分が観阿弥の言葉からなる。
 世阿弥は、こうした観阿弥の考え方を受け継いだ上、二曲三体という方法を提起 
して、「二曲(舞歌)三体(老体・女体・軍体)の型」を作った。 
 また、世阿弥の作った『風姿花伝』は、教育を重んじている。枝葉末節のまねではなく、基礎である二曲の基礎を徹底的にマスターすること。
 その応用としての三体を究めることによって、花のある状態に達することができる。
 これは今日においても重要な示唆を与えてくれるものである。こうした世阿弥の理論が作品として完成したものが、「二曲三体人形図」である。
 身体的な運動論としての能は、やがて武道の世界にも取り入れられて、影響を与えていくのである。世阿弥において、「心の問題」はどのように位置づけられるか。
 『風姿花伝』には、「能」を演ずるにあたって「とき・ところ・観客の質」を考慮すべきことが説かれている。世阿弥にとって大きな課題は、父の教えを深めていったときに、「本質的な美の追求」と「観客を本位とした美の実現」という、この異なる二つの方向性を、いかにして両立させるかという問題である。
 そこで浮かび上がってくるものが「間」である。世阿弥は、これを「せぬ隙」(『花鏡』)とよんでいる。
 水墨画では空白の部分が重要である。水墨画における空間的な「間」に対し、時間的な「間」とでもいうべきものが、能における「せぬ隙」=役者の静止の時間である。
 静止してはいるが、全身全霊がこもった緊張状態である。ただし、そうした内心の精神的な動きを観客に知られては具合が悪い。
 そのためには自分の心を自分にも隠すこと、自分自身に「無心」であると思いこま
せることが必要である。こうして、観客のみならず自分自身をともに「化かす」という手の込んだやり方を通じて、観客からみた美しさと本質の追求という二つの両立が目指される。
 世阿弥の能楽書は、ある意味では、この二つの矛盾をいかにして解決するかという課題を追求したものだった。
 世阿弥は、仏教思想に大きな関心を抱いていた。彼ははじめ天台教学を学習した。これは彼の師である二条良基をはじめ、当時の芸術家の常道だった。
 だが、人生の途中から禅(曹洞禅)へと関心を移すようになる。そして、「色即是空」を超えて「空即是色」の境涯に至って、真実の美が現われまことの「能」が実現すると考えた。
 こうした心境の深まりに応じて、はじめは新奇さ、珍しさを花の原理としていた世阿弥は、やがて深みのある面白さを重んじるようになる。無心の芸=「妙花」を重視するようになる。
  こうした美の理論を体現する作品が『砧』であり、これはそれまでにないタイプの能である。そこには東山文化に連なるような、新たな美意識の原理の創出がある。
 世阿弥の前半生は、王朝文化以来の優美の世界に根差したものだった。
それに対し、後半生には東山以降の文化につながる独自の美意識がみられる。
 その意味において、世阿弥は二つの時代、二つの世界をつなぐという大きな役割を果たした人物だった。
  こうした世阿弥の理論は、能だけの世界に留まらず、花・茶・書道から武道にまで影響を与えていく。文武双方の世界にわたって、彼の考え方が浸透していくのである。
 彼の思想は、「文」の型のみならず「武」の型に置いても、まさに類を絶したスケー
ルの人物である。
 「文」と「武」の間には、「心技体の一致」を目指すことなど共通するものがある。
片方は花を追究し、片方は相手に勝つことを目的としても、その根底には同一の構造がある。
 文と武は、現象的にはまったく相反するようにみえながらも、精神の構造の根本においては一つなのである。
 『菊と刀』の著者ベネディクトは、日本文化には「菊」(美・文の象徴)と、「刀」(力・武の象徴)という二つの矛盾する契機が存在すると言った。
   それは、単に矛盾するものの混在ではなく、両者を成立させる精神構造はまったく同一であって、世阿弥は能における型の理論を通じて、文武両道の共存を可能にする文化の形成を可能にしたと言える。
  世阿弥の提唱した広義の型の理論では、「序・破・急」のことはよく知られている。  
 日本国内だけでなく、演劇の世界では、おそらく日本発のすぐれた理論としてかなり認められているように思われる。この後、これに劣らず大きな力を発揮するのは「守・破・離」である。
 後者を明示的に表現したのは、江戸千家の川上不白(1719−1807)であるが、その考え自体は世阿弥に由来すると考えられている。
世阿弥の「守破離」 
 世阿弥自身において「守」の時期は、父の教えを忠実に守っていた『風姿花伝』
の時代であった。そしてそれは「物まね」を内容とする稽古論として展開した。
  その後彼は数多くのすぐれた芸道論を書いたが、それらは「物まね」論の発展・
深化であるとともに、父の教えに対する「破」の行為でもあった。
 ただ世阿弥には「破」の意識などおそらくなく、父の教えの自然な展開というような気持ちであったと思われる。
 ところで『拾玉得花』で、彼は「安き位」と「安位」とを区別した。
「安き位」は、意識的自己の次元における「わざ」の最高到達点である。
 さらにその上に、「わざ」と「心」と「身」とが無心の次元の無相の相である、「無位の位」としての「安位」とする芸境(妙花風)があるとするに至る。この「安位」は「離」の段階である。
 当時の世阿弥は、この三つの段階の芸境を「守・破・離」と命名することはできなかった。
 それら三つの段階があることはすぐれた芸能家にとっては非常に説得的な事柄であり、川上不白によって「守・破・離」と命名され、その後茶人の世界だけでなく、千葉周作などの武道家にも取り入れられた。
 この考えは、芸術や武道の世界だけでなく、学問・教育の世界においても十分展開できるものである。
 「守」は先行研究や師の教えを学ぶ時期である。その学び方がいかに徹底するかによって、「破」のあり方が決定される。新たなものを生み出すうえで「守」は大切である。
  しかし、「破」ることが最高の価値ではない。自己の全否定を通じてよみがえり、自在な創造の世界を作りだす必要があるのである。
 こうした「守・破・離」の原理は、ニーチェの『ツァラツストラはかく語りき』の説く精神の三態−ラクダ・獅子・子供−の変化にも通じるものである。
 世阿弥の人生は、まさしく文化の継承から創造への道程を身をもって示すものだった。
    参考文献 「東北大学名誉教授・学士院会員・源了圓 氏」の講演より要約。
空手稽古の典型的な2つのタイプ
 私が稽古と考えていることに、典型的な2つのタイプがある。
 1.『決められた方法を守る稽古』
 2.『方法を考えてやる稽古』
 1.は『決められたことをきちんと守って、作業を間違いなく遂行し、欠陥のない技を作り上げること』というタイプの稽古である。
 2.は『やり方を工夫しながら目的を達成していくこと』というタイプである。
 人間は考える動物である。考えるという素晴らしい能力を持っている。
 しかし、「人間は考える動物」であるから、行動している時に「何を考えていたか」で稽古の結果が違ってくるのである。
 逆にいえば、稽古の中で何を考えさせるかで、稽古の成果が違うのである。
 そのため、『決められた方法を守る稽古』においては「何故この方法を守る必要があるのか」をきちんと教えることが大切である。
 『方法を考えてやる稽古』では「目的をどのように教えるか」がポイントになる。目的をしっかり教えておく必要がある。
 丁寧に教えることが大切だといっても、教え過ぎては生徒は育たない。
 また、生徒は自分が分っていると思っている話は聞いていない。生徒に教えるということは大変難しい仕事なのである。
生徒に空手を教える時に
 稽古は様々である。先生と生徒の関係も様々である。
 生徒のその稽古に対する習熟度によっても稽古のさせ方、教え方には大きな差がある。
 同じあなたとあなたの生徒との場合でも、稽古によっては違ってくる。全ての稽古を先に述べた2つのタイプに割り切ってしまうこともできない。
 どんな稽古でも、方法を教えるよりは何故を教え、目的を教えることの方が大切だと断言できる。しかし、生徒の習熟度が低ければ、方法を教えない訳にはいかない。
 「今から教えようとする特定の稽古について、「習・守・破・離」のいずれの段階にあるのか」と考えてみる必要がある。
「習」の段階 
 稽古の目的を教え、方法を懇切丁寧に教え、その上に、何故(その方法をとるのか)を教える必要がある。
 教えるだけでなく、山本五十六の歌といわれる『やって見せ 言って聞かせて させて見て 褒めてやらねば 人は動かじ』をきちんとしてやる必要がある。
「守」の段階 
 方法の細部を教えるよりはむしろ、目的と何故の確認に念をいれることが大切である。もう方法を細かく教える必要はないはずである。
「破」の段階 これは改善活動のようなケースと考えればいい。
 標準作業の見直し、改善を検討するような場合、目的を十分に議論し、何故を確認したら、失敗や間違いを恐れず自由な発想で検討、テストを進める必要がある。
「離」の段階 これは目的、手法、手順までも変えていくようなケース。
 目的を十分に説明し、検討を加え、発想の自由度の範囲を確認してから自由に稽古を進めるようにしたらいいのではないだろうか。
 また、改善活動のような「破の段階、更には離の段階の稽古」であっても、その稽古を進める計画を立案するような時は「離の段階」と考え、その計画を実験する時、実行する時は「習、守の段階」と考えて行動する必要がある。
 要はその時、その時の稽古の場面で、「今は習・守・破・離のいずれの段階にあるのか」を考えて、生徒の教育指導と生徒とのコミュニケーションに対処していけばいいのではないであろうか。
生徒に生き生きと稽古をさせるために
 まず第一に、稽古の目的を明確に説明すること。
 目的に同意できない稽古には生徒は力が入らないのである。
 目的の何故も十分に説明する必要がある。
 次に守るべき条件、ルールをはっきりと説明すること。
 これを守らせるためには、何故これが必要かの十分な説明が不可欠である。
 そして、生徒の能力に合せて、できるだけ大きな自由度を与えることが生徒の大きな力を引き出す。
 「守破離」の3つのプロセスを、あらゆる物事を理解するプロセスでも利用するなど、短いスパンで自分の中に取り込んでいくことが重要だと考える。
「守破離」の重要ポイント
  1. 自分から聞きに行かない限り、誰も何も教えてくれないということ。
  2. 教えられたことは、必ずしも正しいとは限らないということ。
  3. 問題を解決する為の「正解」には色々な方法論があり、その中の一つだということ。
  4. あらゆるものに、リスク(危険性)とメリット(長所)とデメリット(短所)があるということ。
  5. 正しいことでも、状況や問題が違えば「正解」ではなくなるということ。
  6. 自分の扱いやすい正解と、やりにくい正解とがあるということ。
  7. 自分の人生は自分のものだから、自分で責任を負わねばならないこと。
  8. 上手く行った時に師のお蔭ということは、失敗したときに師のせいにすることと似ているということ。
  9. 自立した人間として、自分の道を歩むというプロセスが大事だということ。
  10. 自分の道だから失敗成功に一喜一憂しない不動心が養えるということ。
  11. 出来れば、自分の道を見つけて自己実現できるといいということ。
 などを「極真空手道」を通じて、体感することが修行だと、私は感じている。
 そして、こういう種類のことは、10年20年とただ漫然と教えを守ることでは身につかない。「守破離」と言われても、決して守りに入る事無く、攻めることが大事である。
 自分で自分の人生を生きるということが、現代においては、より「道」らしいと思う。

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