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資料館A 上達の法則
<上達の法則>
すでに一芸に秀でた経験のある人は、上達の法則と自身の経験を照らし合わせることによって、一芸に留まらず、上達のために必要な修練の条件を深く理解し、他芸の上達や後進の指導に役立てることができる。
勉強や稽古、練習の方法について周囲から受けるいろいろな助言のうち、理にかなった助言と理にかなわぬ助言を識別することもできるようになる。
上達の法則を知っているかどうかで、実際の上達そのものと、上達の過程での心理的な状態がずいぶん違ってくることになる。
上達すると、運動機能や認知機能に質的な変化が起こる。
そしてこの変化は、未学習の状態には戻らない非可逆的な変化なのである。
これが上達のイメージである。
どんな技能でも、上級者の域に達しようとすれば、それだけの努力を一定期間続けなければならない。
常に一定の時間とエネルギーをそれに注がなくてはならない。
ときには、見たいテレビや映画を我慢して時間を作ることも必要となれば、飲み会を欠席するなど小さな不義理を重ねることも必要となる。
そのような生活を続けることは、自制心と自我の強さを磨く。
そのようにして磨かれた自我を備えた人格には、自信と安定感がある。
上級者のひとつの特徴は、記憶の能力が高いことである。
具体的には、意図的記憶、偶発的記憶がともに高く、記憶の再現が早く正確であること。
技能は手続き型知識であり、本来言葉で表せない。
けれども、上級者は、この言葉で表せないものの要諦を、メタファによって、相手に雄弁に伝えることができる。
自我関与が深くなると、愛着を強く持つようになるため、自然に知識を求めずにはいられなくなる。
そのような心境でいると、ちょっと目にした知識が深い問題意識を生み、記憶に残るようになる。
そのため、このような知識が自然に深まる。
勘の大部分は天から来るものではない。
自分の記憶の中核の奥深いところから発するものである。
それは、コード化し、システム化された知識のさらに奥に、うまくコード化されてはいないが、通常とは異次元のインデックスによって検索可能な記憶事象があり、それが、うまく検索され、瞬時に推論に用いられたときに生まれるものなのである。
人には成功したときに喜ぶ気持ちと、失敗したときに悔しがる気持ちの二つがある。
初心者、中級者は、うまくいったときに喜ぶ気持ちが強く、それが成長の原動力となる。
けれども、上級者は、失敗したときのくやしさが、うまくいったときの喜びをはるかに上回るのである。
従来標準的にやっていたトレーニングのなかに、自分の癖の矯正という目的からは、しばらくやめたほうがよいものに気づくこともある。
何年間もやっていたトレーニングをたとえ一時期とはいえやめるのは不安を伴うものだが、必要と判断すればそれができるのも上級者の特徴である。
自分が上達を志し、それなりの努力をしてみると、超上級者の鍛錬や打ち込みの深さがよく実感できる。
ピアノでは、「一日練習を怠ると自分にそれがわかる。
二日怠ると先生にわかる。
三日怠ると聴衆にわかる。
」という。
どんな技能であろうと、プロのレベルを維持するのには、それなりの負荷がかかってくる。
それだけに、相手がそれを維持し、さらに向上を目指している人であると知るとき、十分な根拠と実感をもって敬意を持つことができる。
中級者から上級者に脱却したとき、「脱却した」という実感を持つのが普通である。
同じ技能をやっていて、昨日とは見えるもの、見え方が異次元に違うという状態を経験するはずである。
またひとつのことで上級までできた人は、仕事でも、なにか新しいことを覚える必要が本当に生じたときは、自分がきちんと自我関与して取り組めば、高い次元に昇り、洞察のある見方ができるという自己信頼をもつことができる。
そのようなことがいくつも相まって、人格的な安定感というものを作り出すのである。
ある程度、コンスタントに練習をするようになれば、どんな形でもいいから、記録やメモをとったりする工夫を始めるべきである。
まず、ノートをとるためには、何時間か後にノートがとれるように覚えていなければならない。
その「覚えていなければならない」という心理的圧力は、ワーキングメモリと長期記憶にとって、とても大切な負担となる。
そこで負荷をかけることが、コード化能力の上昇に大きく寄与する。
また、ノートは反復復習を可能にする。
技能や知識のなかには、ノートがなければ復習ができないものが少なくない。
1の量を経験しても、それを2の量、3の量にするように工夫するのが上達の要諦である。
ノートはそれを可能にしてくれる。
ノートをとるという行為そのものが心理的な自我関与を高めてくれるということがある。
ノートをとるということは、役に立つ側面も大きい反面、面倒くさいものである。
けれども、その、面倒くさいことを続けることは、心理的なコミットメントを強め、自我関与を高めてくれる。
高い自我関与が、ワーキングメモリから長期記憶への形成を促進する。
コード化能力の強化が上達の要諦である。
精密練習に耽溺していると、また、かなりの時間を経てから「もうこれはだいたいわかった」と思えるときが自然に来る。
そういう時間が本当に自然に訪れたら、また別のものを対象にしてしばらく打ち込んでみる。
これを螺旋階段を昇るように繰り返すのが上達の要諦である。
いったん得意をひとつ作り、それにとことんこだわるという時期が大飛躍のためには必要なのだ。
暗唱訓練では、可能な限り、模倣しよう、覚えようとすることが大切である。
覚えようと努力することから派生する様々なメリットがある。
プラトーは技能が一定のレベルまで達して、つぎの飛躍をするための準備をしている時期である。
○知識の整理
○技能の安定化
○技能とコード化の連合の密接化
○チャンク容量の増大
○コードシステムの高度化
反復練習は、自分のコードシステムをチェックし、強化し、類縁関係の連想を豊かにし、全体としてコードシステムを豊かなものにするのに役立つ。
それとともに、自動化されている自分の技能への自信を確認し、ワーキングメモリの処理能力の増大をもたらす。
よい道具は当然ながら値段が高い。
けれどもその高い値段を出すことが、目に見えない形で自我関与を高め、打ち込む姿勢を支えてくれたりする可能性も否定できない。

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